最近よく聞く「コンプライアンス・CSR・CSV」の違いとは?戦略化する企業と法務の関わり
ここ最近のスタートアップ界隈では、社会的課題の解決を自社のミッションとして掲げ、「ソーシャル・イノベーション(社会変革)」を志向する起業家たちの活躍が目立ちます。
例えば、クラウドソーシングサービスを提供する【クラウドワークス】は、「21世紀の新しいワークスタイルを提供する」のミッションのもと、労働市場の多様化や効率化に取り組んでいます。また弊社エムハンドがこれまで取材したスタートアップの中でも起業家支援サービスを提供する【ペライチ】(株式会社ホットスタートアップ社)や、3Dプリンタによって停滞する製造業の産業構造を変革する【Rinkaku】(株式会社カブク)などはソーシャル・イノベーションの色合いが強い企業と言えるでしょう。
【参考リンク】
▼「ペライチはユーザーの事業を成長させるための手段でしかない」。急成長するホットスタートアップ創業者「山下翔一」氏へインタビュー
▼「ワンクリックで製造できる世界」が現実に? 3Dプリンターを使ったプロダクトのマーケットプレイス【rinkak】の創業者、稲田雅彦氏へインタビュー
もちろんスタートアップだけでなく大手企業でもユニリーバやGoogle、ファーストリテイリング社(ユニクロ)など事例を挙げればキリがありませんが、一方で「儲けている企業ほど嫌われる」という風潮も「オキュパイ・ウォール・ストリート運動」をはじめ、SNS上で企業のアカウントが一斉批判を浴びる現象など、顕著化しているのではないでしょうか。
これらは「企業―消費者」や「企業―社会」という関係性が大きく変化してきた兆候とも考えられますが、こうした文脈で頻出するのが「コンプライアンス」、「CSR」、「CSV」という語であり概念です。
そこで今回は大手IT企業の現場にて法務全般をアドバイスされている「INT法律事務所」の大倉健嗣弁護士に、急速に注目を集めはじめたこれらの概念の違いを整理しつつ、企業法務の観点から「これからの企業と法務の関わり」についても解説していただきました。
以下、大倉弁護士です。
「コンプライアンス」、「CSR」そして「CSV」とは?
近年、「コンプライアンス経営」や「CSR」、「CSV」という言葉をよく耳にします。しかし、それがどのようなもので、企業法務ひいては経営判断とどのように関係するのか、が漠然としているという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
本稿ではコンプライアンスやCSR、CSVなどについて、「戦略」を重視する近年の代表的な考え方をご紹介するとともに、これからの企業法務のあり方についてもご説明したいと思います。
「コンプライアンス」という語の概念変化(戦略化)
かつてコンプライアンス(Compliance)を日本語にするとき、「法令遵守」と訳されることが多かったように思います。しかし法令を遵守するというのは当たり前の話ですし、「法令を遵守していれば何をしてもよいのだ」という考え方にも繋がりますので、適切な訳語とは言えません。
そこで【コンプライアンス=法令「等」遵守】と捉え、「企業は法令に加えて社内規程や企業倫理をも遵守すべきである」というのがコンプライアンスの基本的な考え方になっています。
近年ではこの考え方をさらに発展させて、法令等を遵守するのみならず、法令の背後にある「社会的要請」に適応することが重要だという考え方が主張されるようになっています。
この考え方を主張する郷原信郎教授は、「社会的要請への適応としてのコンプライアンスは経営上の意思決定と深くかかわることになる」と指摘しています。また「企業は社会的要請に応えていくことによって収益を確保し社会で活動することができるのであり、健全な事業を営んでいる企業にとってコンプライアンスの問題と経営とを切り離すことができない」ことを理由に挙げています。
――つまり、コンプライアンスを「経営戦略の一環」として捉えようという考え方です。
CSRという語の概念変化(戦略化)とCSVの誕生
一方、コンプライアンスと似た概念として、CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)という考え方があります。
「もしドラ」でおなじみの経営学者ピーター.F.ドラッカーによれば、CSRの考え方は19世紀の頃から、
- 公的な倫理と私的な倫理の関係性
- 従業員に対する責任
- 地域社会への貢献
という点で論じられていましたが、1960年代頃から人種差別等の社会問題や環境問題に対し企業がどのような貢献ができるかに重点が置かれるようになりました。
このCSRの考え方を発展させたのが、マイケル.E.ポーターです。従来のCSRでは、営利企業が社会と対立するものという考え方があったり、個々の企業の経営戦略とは無関係に一般的で平板な社会貢献がなされていた、という問題がありました。
CSRを「企業の外から来たやっかいな負担」として外面のよい、時には偽善的とも思えるようなCSR活動が多く見られるのは、このような社会や企業の姿勢にあったのではないかと思います。
ポーターはこれに対し、CSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)という概念を提唱し、「企業には利益を上げる能力があるからいかなる問題も解決できる。社会問題の解決こそ最大のビジネスチャンスだ」と主張します。
すなわち企業と社会は対立するものではなく、密接不可分な「共通価値」を持っていて、企業の経済的発展が社会の進歩を促すという考え方です。
具体的には、
- 貧困層をはじめこれまで軽視されていた市場のニーズを掘り起こすなど、新たな社会的ニーズを常に探し続け、参入するチャンスを見出す(製品と市場の見直し)
- CO2の削減やサプライヤーへの技術支援などの貢献活動を行うことによるコスト削減や品質向上を通じ、バリューチェーン(企業活動の機能ごとに生み出される価値の連鎖)の生産性を高める(バリューチェーンの生産性の再定義)
- シリコンバレーのような特定の産業に関連する企業が集積した地域を形成するため、それを阻害する要因を除去していく(企業が拠点を置く地域を支援する産業クラスターの形成) といった活動により価値創造を行うべきである
ということです。
このように、CSVはCSRを企業の付随的活動ではなく経営戦略の一つと捉える考え方であり、「戦略的CSR」と呼ぶことができます。これに対し、従来型のCSRは「受動的CSR」といえるでしょう。
これからの企業法務と経営への関わり
ここまででお分かりのとおり、「コンプライアンスを社会的要請への適応と捉える考え方」と、「CSRをCSVまで発展させる考え方」には共通点があります。 ――それは、いずれも「戦略的」観点を導入しているということです。
そして現代の企業法務においても、このような戦略的なコンプライアンス、戦略的なCSR(=CSV)の概念を反映させることが非常に重要になってきています。
「臨床法務」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。昔、法務部門(や外部弁護士)の役割は、事業部門から持ち込まれたトラブルを事後的に解決するということが中心でした。それを指して臨床法務と呼びます。
その後、「予防法務」が大事だ、と言われるようになりました。予防法務とは、契約書を締結したりコンプライアンス態勢を整えたりすることで、トラブルを未然に防止しようとする法務活動のことをいいます。
さらに最近では「戦略法務」という概念が企業に浸透しつつあります。法令の改正を機にビジネスチャンスを広げたり、法令の規制が及んでいない範囲を見つけて新規事業を立ち上げるなど、経営上の意思決定にかかわる戦略的な提言を行う法務活動が戦略法務と呼ばれます。
こうしてみると、コンプライアンス、CSRだけでなく、法務にもこれまで以上に戦略性、すなわち「経営への積極的参加」を求められる時代になってきたように感じます。
ただし、「戦略」というと法の抜け穴を利用して儲けるというイメージがありますが、単に儲けることだけを考えるのが戦略法務ではありません。社会的要請に応える戦略的コンプライアンス、共通価値創造を目指すCSVの観点を十分に踏まえて検討するのが戦略法務のあるべき姿です。
たとえばIT・webサービスの業界では旧来の法令が予定している範囲を超えて斬新なサービスが企画されることがよくあります。しかし、法令に規制する条文がないからといって何でもやってよいということにはなりません。既存法令の趣旨も踏まえながら、社会的要請、共通価値創造の観点からあるべき健全な社内ルールを定め、自主的に遵守していくという姿勢が企業に求められ、それをサポートするのが「戦略法務」の役割なのです。
まとめ
- 現代のコンプライアンス概念は法令、社内規則、企業倫理を遵守するだけでなく、社会的要請へ適応する戦略的活動のことを意味する。
- 従来の受動的CSRのみならず共通価値創造(CSV)の観点から企業の社会的責任が語られるようになってきている。
- 企業法務にも戦略性が重要であるが、社会的要請や共通価値創造の観点を加味した「戦略法務」が求められている。
著者紹介
弁護士 大倉 健嗣(おおくら けんじ)氏
INT法律事務所 〒170-0013 東京都豊島区東池袋1-17-11-1105 TEL 03-6869-6178 FAX 03-6683-2800